いま・ここを探して…

「いま・ここ」を探して…

 私達は日ごろ、作品を制作しギャラリー、美術館に作品を展示することについて疑問を抱くことはありません。しかし、展示会場に搬入・展示することのできない、特定の場所にだけ存在する作品もあります。それはギャラリーや美術館の中にだけ美術作品が存在するものではないということです。

 しかし近代化の中で、美術館やギャラリーに展示されるものが芸術作品であるというように展示空間は作品に価値を与える場のひとつになりました。ではその作品を展示する「容れ物としてのギャラリー」それ自体を作品として観ることはできないでしょうか。

 展示する場所を表現に取り入れた設置芸術をインスタレーションと呼びます。本作品は崇城大学ギャラリーという特定の場所にだけ存在することで表現として成立するインスタレーション作品です。展示的価値を支えてきたギャラリーという展示空間・建築そのものを対象化・作品化するこころみです。

 手法としては崇城大学ギャラリーの展示空間の中心に、ギャラリーの同比率ミニチュアモデルの模型を展示します。その模型の中に同様の同比率ミニチュアモデルの模型があります。それは演劇で言えば「劇中劇」的な入れ子構造としてあります。この手法はルネッサンス期でいえばシェイクスピア、1960年代のアングラ演劇でいえば寺山修司などが好んで用いた劇構造です。そこでその場所の「いま・ここ」という現在を顕在化させるのです。

 つまりギャラリーの中のギャラリーを覗くことで、意識の階層が生まれ「自ら立つ場所を覗く意識」は自らが覗かれている上位の私を意識することでもあります。この意識の梯子(はしご)を登ること・降りることを通して私(達)の「いま・ここ」を見つめます。名付けられることのない「いま・ここ」はどこにもありながら、どこにもない。このギャラリー模型は、アレゴリー(寓意)なのです。それは想像力の中で上位のもう一つの場所を指し示します。

 本展示は、作品に文化的な価値を与えるギャラリーそのものを作品化・可視化することのこころみです。この入れ子的な展示空間で鑑賞者は自らが「現代の文化という台本のいま・ここ」を探す一登場人物になります。熊本地震復興途上のこの地で、ゴーギャンのように「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」と。

 

「いま・ここを探して…」。展  Looking for "now & here"

1/7  2017 Opening Party  at Sojo Garelly